この業界は販売会などを行う時に、冠を付けたがります。普通に○○展示会・秋の○○発表会で良いと思うのですが、今のわのわのように創業○年とか、社長還暦記念販売会や今までの感謝と御礼を込めて○○さん退職販売会、応援してくれる問屋や織元の創業○年記念販売会などと頭に一言付けたがる不思議な業界です。皆様も冠に対して創業〇年凄いですね
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この業界は販売会などを行う時に、冠を付けたがります。普通に○○展示会・秋の○○発表会で良いと思うのですが、今のわのわのように創業○年とか、社長還暦記念販売会や今までの感謝と御礼を込めて○○さん退職販売会、応援してくれる問屋や織元の創業○年記念販売会などと頭に一言付けたがる不思議な業界です。皆様も冠に対して創業〇年凄いですね
ヒロイン比嘉暢子の設定年齢は、先日の放映で和彦の母・重子が昭和29年生まれと言っていました。沖縄を走るボンネットバスや暢子が東京に出て来た時の風景や道歩く人たちの服装、今は無き家督制度や男尊女卑の問題など何となく私の歩みと同じだなぁ~と見ておりましたら暢子と時代が一致したことで納得しました。ドラマはどの時まで進むのか分かりませんが、あれから半世紀の時が過ぎた今に私は居ます。
朝7時30分からのNHKの連続もの、そして8時からの情報番組を家を出るまで見ています。数日前その番組の中で、今の恋愛事情について言い合っていました。その受けとめ方はいろいろあると思います。ここからは私のひとり言ですので聞き流して下さい。
私の場合、喉元過ぎなくても熱さを忘れ始めています。
ロシアがウクライナに侵攻して3か月が過ぎようとしています。はじめはテレビの画面から訪れたことのないウクライナの地が破壊されていく映像を見、争いの悲惨さに心を痛める日々でした。今もその気持ちが無くなったわけではないのですが、薄れていっているのは隠せません。
44年間は長かったのか短かったのかと問うと、長かったようでもあり 短かったようでもありますし、楽しかったのかと問うと、楽しかったようでもあり そうでもなかったようでもあり、さらに大変だったのかと問えば、それは大変だったことが多かったように思います。でも私が父を引き継ぎ今ここに居ることは事実です。
そして2002年(平成14年)4月22日「わのわ」として店舗を構えて20年目、今年節目の年を迎えることが出来ました。私もこの仕事に携わって44年、68歳になります。普通なら楽隠居なのでしょうが、なかなかそうはさせてもらえません。
今年の冬将軍は頑固に居座り続けている今日この頃、皆様は如何お過ごしですか?
今年に入ってから新型コロナ・オミクロン株の猛威に晒され、皆様をお誘いすることも出来ずジッとしている毎日が続いております。こんな時って良いことは思い浮かばす、悪いことばかり思ってしまうものです。
今年4月に有限会社北越は創業55周年を迎え、わのわがフォンジェ・ストリート棟に出店して20年目という節目の年を迎えます。私が1978年に入社した時は、呉服業界の総売上は1兆5千億~8千億と言われておりましたが、2020年には3,500億円まで落ち込んでしまいました。
目的は緑風舎(松本英利・文子夫妻)の作品を見るためです。作品については、今月の12日(土)~21日(月)の期間発表致しますのでお楽しみに![ 15日(火)・16日(水)はお休みです] 今日は奥様の文子さんが行っている仕事?趣味?伝統文化の継承?・・・何と言って良いか分かりませんが、藁細工の話です。以前にも紹介したと思いますが、松本夫妻は数年前から田んぼを耕し始めました。目的は米ではなく藁を取るためです。取った藁の灰を使って生糸の精練を行うのが目的です。
年のせいか身近に感じるのが、葬儀です。私は冠婚葬祭の冠婚はとんと縁がなくなってきて、葬祭オンリーの昨今です。そしてこの葬儀は、コロナ以前はその土地土地の風習は異なっていたとしても家族、親戚、友人、町内、職場関係など故人を送りたいと多くの人が集まり執り行われてきました。故人の歩んできた集大成が葬儀の時に垣間見れると聞かされたことがあります。