20230701

6月14日~16日の3日間、柏崎の風物詩[えんま市]がコロナの影響を受け

自粛や露天商の出店規制などを経て4年ぶりに以前の姿に戻ってきました。

●「えんま市」とは
 200年を超す歴史ある「えんま市」は、毎年6月14日~16日に開催されます。閻魔堂のある本町通りを中心に、全国各地から集まった500軒近い露店は、数キロメートルにもわたって立ち並び、20万人を超える人出で賑わいます。

●「えんま市」のはじまり
 はじまりは馬市で、現在のような見世物・露店の市へと変わったのは遠く、文政年間(1818~1829年)と言われています。

●「えんま市」がこれだけの規模になったのは
 ・柏崎という場所と6月15日前後という日取りが、全国次々と廻っている露天商人たちが一堂に会するのに都合が良かったことが要因と言われています。
 ・季節はちょうど衣替えの時期でもあり、ここで夏衣となって旅立ったことから自然に呉服市が立ち、それがまた田植えの済んだ農村の人たちの人気も呼びました。
 ・当時の陣屋役人が遠方・近在から入り込んでくる博徒たちの丁半勝負を黙認したことも、この市が栄える間接的な要因と言われています。

●新潟三大高市(たかまち)の一つに
 村上市の村上大祭、新潟市の蒲原まつりにならび、「新潟三大高市」のひとつにあげられ、毎年、えんま市を楽しみにする多くの市民の笑顔で通りが埋め尽くされています。

※補足:高市(たかまち)とは縁日のこと。
以上が柏崎市の説明です。柏崎市のホームページから

 他に載っているものと見比べてみても「えんま市」が馬市から始まり、文政年間に露店が立並ぶ現在の形態になったということは同じでした。規模は数キロメートル、2キロメートル、800メートルと大差の表記があります。露店の軒数は450軒から500軒と、年による変動を考えると大きな違いは無いと思います。

 ここからは正兵衛のひとり言ですが、単刀直入に申し上げますと、曜日に関係なく14日~15日に固定されている開催日をその日にちに近い金曜日から日曜日の3日間に変えるのも良いのではないか、と言う考えです。古い話ですが私たちが子供の頃は、学校関係や会社関係も休みがあったり、午後から休みだったりしたものです。農家の方々が雪解けを待って田んぼや畑の整備を行い、田植えや野菜の種蒔きに励み、やっと農作業に一息がつける骨休みの頃がえんま市だと教えられました。

今は学校も会社も通常通り。農作業も機械化が進み、田植えなどの作業も早くに終わっているこの頃です。えんま市の歴史は古いですが、習わしとしてえんま堂にお参りすることが主な目的で、祭りによくある神輿が出るわけでもなく、舞を奉納するわけでもなく、市中を練り歩くわけでもなく、露店を見て買い物をし求めたものを、今ではなかなか許されない食べ歩きをすることがえんま市の醍醐味だと考えます。

だとするなら、露天商や地元の出店者が一番に願うことは天気。こればかりはどうすることも出来ませんが、次に願うことは曜日の巡り合わせ。期待は金・土・日の3日間。今年は水曜日から金曜日の3日間、そして天候にも恵まれず最悪でした。そして終了後の翌日は市の職員の方々が、食べ歩きで汚れた歩道などの清掃をしますが、今年のように終了翌日が土曜・日曜だと清掃も月曜まで伸びてしまいます。

 えんま市は人出が一番の関心事だと思います。ならば天候は神頼みでも露天商や出店者が次に望んで期待する曜日の並び、これは合わせることは可能です。人出が多ければ大きな賑わいとなり、大きな賑わいになれば、お店を出す人も大きな期待を望むことが出来ます。

人口の減少が進むこの地で多くの人を集めるには集まりやすい環境をつくらなければ大きな賑わいもできないでしょう。

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