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4月12日から一週間、皆様ご存じのバッグの月之さんと

東京・神楽坂にあるアートスペースKというギャラリーに共同出店して来ました。ギャラリー出店という初めての経験、期待と不安が入り混じる中、思うような結果を望むことは出来ませんでしたが、有意義な時間を過ごし無事終えることが出来ました。

 頼りにしていた月乃さんもギャラリー出店は初めてとのこと。さらにギャラリー出店を勧めてくれた小千谷縮の洋服のデザイナー広瀬まりこさんも、勧めてはみたものの、これまた初めての経験とのこと。みんなが初めてなので一から考え考え店づくりを行い、なんとか形にすることが出来ました。

 今回の出店はコロナの影響が大きいことは間違いないのですが、それ以前からきもの需要の低下が根にある原因です。これはコロナ前から思っていたのですが、コロナで中断させられ、その上需要の低下がコロナで加速してしまって、考える間もなくギャリー出店を決め、行った次第です。これに関しては月乃さんも同じ考えで、そして広瀬さんから後ろから押して頂いたので実現できました。

 いざ神楽坂、行ってみると多くの人々の姿を見てコロナを忘れさせてくれる光景でした。実際に東京はコロナ前のような光景で、海外の方も以前のように見受けられました。コロナが怖いのは分かりますが、怖がるばかりでは何も前に進めません。東京を含め都市部や以前からインバウンドの受け入れに力を入れていた観光地は回復の兆しが感じられます。

そして柏崎に帰ってみると、なんという静かな事でしょう。3月新潟の和genさんに伺った時にも感じました。新潟市は回復の兆しが見えていました。柏崎はどうでしょうか?静かです。静か過ぎます。誰かが言っていました。日本は周りが全部海なんです。そこで海の柏崎と叫んでも誰も見向きもしない。海の大花火大会と言っても365日分の1日、残りの364日が静かでは盛り上がらない。若者のUターンを促せと言っても、働く場所が無いところに若者が戻ることはない。柏崎は静かです。

 ギャラリー出店中のある夜、高校時代の仲間と会う機会があり、そこで尋ねました。何で柏崎を出たのかと。二人の答えは早く田舎を出て、東京とは限らず都会に出て働きたかったと。二人とも長男です。50年前から若者はこのような考えでした。多分今も変わっていないのでしょう。50年前は海の柏崎は、海のない県の人々にすれば夏の憧れの地だったと思います。多分今は変わったのです。日本の海でなくても良いのです。海のない県でも大きなプールがあります。変わったのです。海の柏崎では人は呼べません。たった一日の花火大会では人の数が足りません。働く場所がないところには若者は戻りません。留まりません。

 どうしよう柏崎。どうすりゃいい柏崎。

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